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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)1036号 判決 1997年5月12日

大阪市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

三木俊博

名古屋市<以下省略>

被告

ミリオン貿易株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

後藤次宏

主文

一  被告は原告に対し、金一三四六万四七五五円及びこれに対する平成三年九月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金二六九三万九五一〇円及びこれに対する平成三年九月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  事案の要旨

原告は、被告に対し、約六か月間にわたり、金地金(以下「金」という)や白金地金(以下「プラチナ」という)等の商品について、先物取引の委託をし、売買差損及び委託手数料等を合わせて二四四八万九五一〇円の損失を受けた者であるが、被告には、右取引の開始及び継続にあたり、組織的な不法行為(予備的に、被告の被用者の不法行為に基づく使用者責任)又は取引委託契約の債務不履行(善管注意義務違反行為等)があったとして、右損失額にその約一割相当の弁護士費用を加えた二六九三万九五一〇円及びこれに対する平成三年九月四日(被告から最後に清算金を受け取った日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

二  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告は、昭和二七年○月○日生まれ(本件取引開始当時三八歳)で、各種電線の販売を業とするa株式会社の代表取締役である。

(二) 被告は、通産・農林水産大臣の許可を得て商品先物取引の受託等を業とする会社で、東京工業品取引所等の商品取引所の会員である。原告との間の取引は、被告大阪支店で取り扱われ、被告の社員であるB及び営業部長であるCが担当した。

2  本件取引の概要

原告は、被告に対し、平成三年二月一八日、東京工業品取引所等の商品市場における売買取引を委託し、同日から同年八月二七日までの間に、別紙(一)及び(二)記載の取引(以下「本件取引」という)を行ない、同年二月一九日から同年九月三日までの間に、被告との間で別紙(三)記載のとおり入返金をした。

三  争点

1  本件取引につき、被告に不法行為責任(もしくはC及びBの不法行為に基づく使用者責任)が認められるか。

(原告の主張)

本件取引は、後記(一)(1)ないし(3)及び(二)(1)ないし(4)のCやBの行為に基づくものであるところ、右各行為は、それぞれ独立した違法行為であるとともに、一連一体の行為として本件取引全体の違法性を基礎づけるものである。

(一) 勧誘時における違法

(1) 説明義務違反

商品取引所の会員たる被告及びその使用人は、商品先物取引の勧誘にあたっては、事前に契約概要書面等を顧客に交付して、同取引の仕組とその危険性の存在・範囲・程度を十分説明し、顧客の十分な理解を得る義務がある。

しかるに、被告は組織ぐるみで(もしくはBは)、商品先物取引の知識経験のない原告に対し、同取引の仕組とその危険性を十分に説明することなく、原告を同取引に勧誘した。

(2) 新規委託者保護義務違反

被告は、日商協の受託業務規則四条・七条に基づき、新規委託者保護のため三か月の習熟期間を設けており、右期間内においては、新規委託者から二〇枚を超える建玉を受託することは、新規委託者が積極的に右枚数を超える建玉の申請をした場合を除いて許されず、例外的に受託が許される場合においても、厳正な審査を経てその許否を決定し、許可枚数も、新規委託者保護の趣旨目的に照らして妥当な枚数に決定しなければならない(被告・受託業務管理規則六条)。

しかるに、被告(もしくはC及びB)は、新規委託者である原告から、習熟期間内である平成三年二月一八日から同年五月一七日までの間に、合計四五〇枚、委託証拠金・手数料合計一五四六万円にも上る大量の建玉を、杜撰で形式的な社内審査で受託した。

(3) 断定的判断の提供

被告(もしくはB)は、金やプラチナ等の貴金属地金は、湾岸戦争開始により必ず値上りする(仮に一旦値下がりしても再び値上がりに転ずる)との断定的判断を提供して原告を本件取引に勧誘した。

(二) 業務遂行における違法

(1) 事実上の一任売買等

被告は組織ぐるみで(もしくはC及びBは)、原告が商品先物取引の知識経験がなく、そのため取引に関する知識や情報は被告(もしくはC及びB)からの提供に頼らざるを得ない状況にあったことに乗じて、原告から取引の具体的な諸事項(上場商品の種類はもとより、限月、売・買や新規・仕切りの別、売買枚数、指値・成行の別、指値の場合はその値段及び注文の有効期限、成行の場合は取引の日及び場節等)につき指示を受けることなく、又は原告に無断で、取引を行ない(少なくとも、平成三年五月三〇日の取引は、無断売買もしくは押付売買である)、原告をして、事後的に同意させる形で本件取引を反覆継続させた。

(2) 両建等

ア 両建は、一般委託者たる原告にとって、有害無益なものであり、これを勧誘し受託した被告の行為は違法である。

イ 仮に両建の勧誘及び受託が許されることがあるとしても、被告がこれを勧誘する場合には、その仕組みや利害得失を十分に説明し、原告が納得した上で受託することが必要である。

しかるに、被告は、原告から多額の委託証拠金を引き出すため、又は多量の売買取引を反覆継続して手数料を稼ぐため、敢えて原告を両建へと勧誘し引き込み、平成三年三月一五日から同年八月二七日までの間、常時両建や因果玉の放置を行なわせた。

(3) 証拠金徴収義務違反(建玉先行、いわゆる無敷・薄敷)

商品取引所の会員たる被告及びその使用人は、何らかの利益(便宜)供与であるかのように見せかけて、委託証拠金を徴収しなかったり後納を認めたりして、建玉受託を先行させてはならない。

しかるに、被告(もしくはC)は、本件取引において、右行為を継続・反覆した。

(4) 過当取引

商品取引所の会員たる被告及びその使用人は、委託者の知識経験、資金力、投資意向に適合した売買取引を勧誘しなければならず、手数料稼ぎという自己の利益を優先して、委託者の利益を無視又は軽視した過当な取引を勧誘してはならない。

しかるに、本件においては、約六か月間の取引期間に取引回数は一九五回(月平均三二・五回)に上り、建玉の四四パーセントは三〇日以内の短期間に処分されていて(したがって、建玉回転率は年一二・〇五回、資金回転率年は一〇・七回となる)、その結果、原告の損失二四四八万九五一〇円のうち手数料が一六八九万一六〇〇円(六八・九七パーセント)を占めるに至っている。このことに照らせば、被告(もしくはC及びB)は、原告の商品先物取引に関する無知及び無経験に付け込んで、専ら手数料稼ぎを目的として、原告の利益を無視又は軽視した過当取引を勧誘・受託したといわねばならない。

(被告の主張)

原告は、自己の責任において被告に本件取引を委託したものであり、原告指摘のC及びBの行為が違法性を有することはなく、また本件取引全体が違法性を有することもない。

(一) 勧誘時における違法

(1) 説明義務違反

被告及びその使用人には、商品先物取引の方法について顧客に説明する義務があるが、商品の性格、市況及び相場観については、これを顧客に説明する義務はない。被告は原告に対し、必要な範囲の説明義務は尽くしている。

(2) 新規委託者保護義務違反

新規委託者保護育成制度の趣旨は、新規委託者に一定期間少ない枚数で取引をさせることにより取引の投機性を習熟させようということにあり、新規委託者の習熟度を問わずに一律に二〇枚以上の建玉の受託を禁じるものではない。原告の習熟度に鑑みると、被告がその習熟期間内に二〇枚以上の建玉を受託したからといって、取引自体が違法となるものではない。

(3) 断定的判断の提供

Bは原告に対し、商品に関する相場情報を提供したにすぎない。

(二) 業務遂行における違法

(1) 事実上の一任売買等

C及びBは、事前に相場情報や損益状況等を報告した上で、原告から委託を受けていた。また、被告は原告に対し、取引の度に取引内容を記載した売買報告書を送付していたが、原告から一度も抗議を受けたことはない。

(2) 両建等

ア 両建を勧誘受託してはならないという法律や規則はない。

イ CやBは、原告が損切りは嫌だというので、両建を提案し、原告がその方法を望んだから両建を行なったにすぎず、手数料を稼ぐ目的のために両建を勧誘受託したものではない。また、本件における両建は不適切なものではなく、因果玉を放置したものでもない。

(3) 証拠金徴収義務違反

受託契約準則九条二項前段は、委託証拠金につき、事前徴収を定めているが、これは取締法規にすぎない。被告は、原告の要請に基づき委託証拠金の入金を待ったものである。

(4) 過当取引

原告による建玉回転率、資金回転率、手数料率等の数値論は、無意味であって、過当取引を根拠づけるものではない。

2  本件取引につき、被告に取引委託契約上の債務不履行責任が認められるか。

3  因果関係ある損害の範囲及び金額はいくらか。

(原告の主張)

(一) 実損害 二四四八万九五一〇円(別紙(三)参照)

(二) 弁護士費用 二四五万〇〇〇〇円

(三) 合計 二六九三万九五一〇円

4  過失相殺は行うべきか。

第三争点に対する判断

一  本件取引の事実経過として、以下の事実を認めることができる。

1  原告に対する勧誘と金取引

(一) 被告の従業員のDは、平成三年二月中旬ころ、原告方を訪問し、原告に対し商品先物取引の勧誘を行った。その際、Dは、原告が会社経営者であり、従業員を一〇人程度使用していることから、原告には商品先物取引を行う適格があると考えた。そして、Dは、同月一五日付けで、原告の顧客カードに、投機可能資産三〇〇〇万円位、各方面から案内を受けており内容的にもよく理解していて、資金的にも問題なし等と記入した(乙二〇、証人B)。

(二) これを見たDの上司のBは、原告から商品先物取引の委託を受ける見込があると考え、原告方を三回訪問して勧誘した結果(証人B)、平成三年二月一八日、金二〇枚の新規買付けの委託を取り付け、同月一九日、その委託証拠金及び手数料として二二二万円の支払を受けた(争いのない事実)。

(三) 右委託を受けるに際し、Bは、湾岸戦争直後で一旦上昇した相場が下落したという状況にあり、今後は相場が上昇するのではないかとの自己の相場観に基づき、原告に対し、金の買建玉を勧めるとともに、商品先物取引による損益の計算方法や追証の制度等を簡単な図面に書いて説明し(乙六の1、2、5)、「商品先物取引・委託のガイド」と題する説明書(乙一)を交付した(証人B、原告本人)。

(なお、この点に関し、証人Bは、原告に対しては、乙六の1ないし5の図面を用い、かつ、乙一の説明書を開いて読んで説明をするとともに、右説明書中の危険開示告知書も読み聞かせた旨証言するが、他方、原告方を三回にわたって勧誘のため訪問した日程や各訪問毎の勧誘内容については、具体的には覚えていない旨証言していることに照らすと、前記証言部分のみが具体的で明確であるのはかえって不自然であり、採用できない。)

原告は、当時、その経営する会社の資産運用の目的で転換社債を購入した経験があった(甲一二の1、2)だけで、他に証券取引や商品先物取引を行った経験はなく、また、会社の経営も余裕がない状況であったが、Bから「絶対損をさせない、短期間でよい」と勧誘を受け、銀行からの融資枠に残りがあったことから、右融資枠を利用して本件取引を行うこととしたものである。その際、原告は、Bに対し、取引資金が借入金であることは伝えておらず、資金の入金を一日待ってほしいと言っただけであった(原告本人)。

(四) なお、金二〇枚の右買建玉は、平成三年三月四日、仕切売りされ、一〇五万八一七六円の益金を出した(争いのない事実)。

2  プラチナ取引の開始

(一) Bは、原告に対し、プラチナの取引価額が上昇傾向にあった平成三年二月二八日(甲七の1、乙一七の1)、電話で、金よりプラチナの方が値動きが早いと言って、プラチナ取引を勧誘し、原告からプラチナ一〇枚の買建玉の委託を受けた。なお、右取引の委託証拠金及び手数料については、原告が当日入金は都合が悪いと申し出たため、一日遅れとなった(証人B、原告本人)。

(二) これに先立ち、Cは、平成三年二月二八日付けで、原告の取引に関して、一〇枚超過の制限枚数超過申請書(以下「超過申請書」という)の「委託者の要請内容」欄に、原告からプラチナの買建玉をしたいとの申出があった旨の記載をして、被告の統括責任者に対し右申請を行ない、同年三月一日付けで、取引枚数八〇枚を限度とする承認を得た(乙二一の1、証人B)。当時、Cは、Bから、原告が二代目社長であり、経済的な知識もあって、自社ビルを持ち、従業員を一〇名程度雇っている旨の報告を受けていたが、右超過申請書の記載は、Bから事情を聴取して行ったものではなかった(証人B、原告本人)。

(三) その後、原告は、被告に対し、平成三年三月一日に二〇枚、同月五日に五〇枚、同月六日に二〇枚のプラチナ買付けを新たに委託し、合計一〇〇枚のプラチナの買建玉を保有するに至った。なお、右各取引の委託証拠金及び手数料の支払は、別紙(三)記載のとおり、各取引日当日になされた(争いのない事実)。

さらに、原告は、Cの勧めによって、被告に対し、同月一一日、右一〇〇枚のプラチナ買建玉のうち五〇枚の仕切売りを委託し、その利益金によって、同日にプラチナ一〇〇枚、翌一二日にプラチナ五〇枚の各新規買付けを委託し、被告に対し、右各買付けに必要な委託証拠金及び手数料として、平成三年三月一二日に六四万円、同月一三日に三一五万円を入金した(争いのない事実)。

(四) Cは、右(三)の各取引の受託にあたり、平成三年三月六日付けで二〇枚超過、同月一一日付けで八〇枚超過の各超過申請書を作成し、統括責任者から、同月六日付けで取引枚数一三〇枚、同月一一日付けで二〇〇枚を限度とする承認を得た。右超過申請書の「委託者の要請内容」欄には、右各日に原告から大きく取引したいとの要請があった旨の記載がある(右一一日付の書面には、原告方へ訪問した旨の記載もある)が、右各日の原告の取引はそれぞれBやCが電話で勧誘したものであって、その際の会話内容を記載したものではなかった(乙二一の2、3、証人C、証人B、原告本人)。

3  最初の両建

(一) プラチナ取引の相場が、平成三年三月一一日に一九三九円の高値をつけた後、同月一二日から同月一四日までの間に、一八四六円まで九三円の急な値下がりとなり(甲七の1、乙一七の1)、原告の当時の買建玉二〇〇枚分につき、約三七〇万円の値洗損が発生した。そこで、B及びCは、同月一五日、原告に電話して(なお、後記(二)の超過申請書には、右同日に原告方を訪問した旨の記載があり、証人Cも、Bが訪問した旨証言するが、右記載や証言に沿う業務日誌は存せず、他にこれを裏付ける客観的証拠もないため、右記載及び証言を採用することはできない)、今後の見通しを話したところ、原告の意向が損切りしたくないということであったので、当面、原告が保有している買建玉につき追証を入れずに様子を見る方法として、両建を勧め、原告からプラチナ一〇〇枚の売建玉の委託を受けた(証人C、証人B)。そのため、この時点で、原告のプラチナ取引は、一〇〇枚の範囲で両建の状態となった。そして、原告は、被告に対し、この取引に関する費用として、同月一九日に六三〇万円を支払った(争いのない事実)が、右入金が同月一九日となったのは、原告の要請をCが受け入れたためである(証人C、証人B)。

(二) この際、Cは、一〇〇枚超過の超過申請書を作成し、統括責任者から四〇〇枚を限度とする取引の承諾を得た(乙二一の4、証人C)。

4  借入金による取引であることの告知

(一) 原告は、その後、別紙(二)記載のとおり、買建玉を徐々に二五〇枚まで増やす一方、売建玉を徐々に処分し両建を解消した後、また売建玉を徐々に五〇枚まで増やしていったところ、平成三年四月一六日、プラチナ取引価額(平成四年二月限分)が一八〇二円の安値をつけ、原告の買建玉につき追証が必要となるぎりぎりの状態になった(甲七の1、乙一七の1、二六)。

(二) そこで、Cは、原告に電話して、追証が必要になれば、その額は九〇〇万円になるが、両建にすれば、この場は切り抜けられるし、そのために必要な委託証拠金も一〇日程度で返却することが可能であると説明したところ、原告から二〇〇枚の新規売建玉の委託を受けて、その取引を行った(証人C、原告本人)。そのため、この時点で、原告のプラチナ取引は、買建玉と売建玉が二五〇枚の同数となった(争いのない事実)。

(なお、後記(三)の超過申請書の「委託者の要請内容」欄には、原告が相場変動につき不透明な動きを感じるので売建玉をして様子をみたいとの申し出があった旨の記載があるが、証人Cも、右記載は実際の会話内容と異なることを認める趣旨の証言をしていることに照らすと、右記載を採用することはできない。)

(三) この際、Cは、二〇〇枚超過の超過申請書を作成し、統括責任者から六〇〇枚を限度とする取引の承諾を得た(乙二一の5、証人C)。

(四) 前記(二)の取引の委託証拠金及び手数料である一二六〇万円の入金は、原告の要請により平成三年四月二二日となったが、原告はその際、Cに対して初めて、右資金が借入金であることを伝えた。なお、右入金については、原告が後日、前記(二)のCとの約束に従い返還を求めたため、同月二四日、その一部である一〇七万〇九八四円が原告に返金された(証人C、原告本人)。

5  プラチナの売直しと毛糸取引の開始

(一) Cは、平成三年五月三〇日の午前中、プラチナの取引価格(始値)が平成四年二月限分につき七六円安、同年四月限分につき八〇円安のストップ安となったため(甲七の1、2、乙一七の1)、原告に連絡し、より利益を上げるためには、原告の有する同年二月及び同年四月限分の売建玉について仕切買いをして、まだ三八円安に止まり今後より大きな値下がりが見込まれる平成三年一二月限分について、新たに売建玉をしてはどうかと、自己の相場観に基づく勧誘を行ったところ、原告から「分かりました」との返事をもらった。そこで、Cは、同日の午前中、市場に対し、原告のプラチナ売建玉三三〇枚(平成四年二月限分につき二五〇枚、同年四月限分につき八〇枚)を仕切買いし(乙二三の14ないし17)、平成三年一二月限分のプラチナ二〇〇枚の新規売りの注文を出したところ(乙一四、二三の69)、右注文のうち三一五枚(平成四年二月限分につき二三五枚、同年四月限分につき八〇枚)の仕切買い、一三八枚の新規売り(全て平成三年一二月限分)の取引が成立した。

ところが、同日の午後には、Cにより、原告名義で平成四年二月限分のプラチナ一〇〇枚の新規売りの注文が出され(乙二三の70)、当日には取引が成立しなかったものの(証人C。なお、証人Cは、右注文を出した経緯については、詳しく覚えていない旨証言している)、同月三一日に平成四年四月限分の売建玉三〇枚、平成三年六月五日に平成四年二月限分の売建玉九〇枚の取引が、それぞれなされた(争いのない事実)。

(二) Bは、平成三年五月三〇日午後、原告方を訪れた際、Cと原告の右(一)のやりとりを知らずに、プラチナの取引価額が安くなり、このまま右価額が低下すれば、今まで原告の取引損が取り戻せると言ったが、その後、被告に電話して右(一)のやりとりを知るや、原告に対し、従来から勧めていた毛糸の取引を行ない損を取り戻そうと誘い、原告から委託証拠金及び手数料として二〇〇万円を受け取り(原告本人)、翌日、別紙(一)二1及び2記載のとおり、毛糸取引として合計一〇〇枚の新規売付けを行った(争いのない事実)。

6  取引終了まで

(一) 原告のプラチナ取引として、平成三年六月五日の時点において、一三〇枚の範囲で両建の状態となっていたところ、平成三年六月一一日及び同月一二日に合計四三枚の売建玉を仕切買いする一方、一〇〇枚の新規買付けが行われたことから、その時点において、売買建玉とも二三〇枚同数の両建状態となった(争いのない事実)。

(二) 原告は、Cに対し、前記4(四)の一二六〇万円の入金が借入金によるものであり、その元利金の返済に充てるため、一部でも返してほしいと頼んだため(原告本人)、被告から、平成三年六月四日及び同月一四日に合計一七〇万円の返金を受けた(争いのない事実)。

(三) 原告は、Cから、平成三年七月二〇日ころ、当時仕切処分すれば返還金は一〇〇〇万円位になると聞かされ、Cに対し仕切処分を要請したが、Cから様子を見てくれと言われたため、その時点で仕切処分しなかった。

しかし、原告は、同年八月二日に五〇万円の返金を受けた後、自分の母親に相談して、本件取引を手仕舞いすることを決め、同月二七日、本件取引の全てについて仕切処分し(原告本人)、同年九月三日、二二九万九五〇六円の返金を被告から受けた(争いのない事実)。

二  ところで、商品先物市場とそこにおける先物取引は、商品流通における価格変動のリスクを公権的手段ではなく、経済主体間の自律的な活動を通じて調整・回避するための重要な経済制度であって、その自由かつ公正な機能を確保するために、商品取引所法及びその下位法令・諸規制が制定されている。その精神に照らすと、商品取引員たる被告は、一般委託者である原告に対し、その投資勧誘等を行うについて、右法令等を遵守することはもとより、大臣免許を受けた専門業者として、高度な善管注意義務を負っていたものである。民法上も、受託者が、専門的な知識・経験を基礎として、素人から当該事務の委託を引き受けることを営業としている場合、とりわけ当該事務を営業とすることが何らかの形式で公認されている場合、受託者の注意義務は、当該事務についての周到な専門化を標準とする高い程度となるものであり、受託者が事務を処理する方法について指示を与えたときでも、その指示の不適当なことを発見したときには、直ちに委託者に通知して指示の変更を求めることまで要求される、と解すべきである。

三  争点1について

1  まず、説明義務違反の主張についてみるに、一般に、商品先物取引は、いわゆるハイリスク・ハイリターンの投機性を有する取引であるところ、少額の委託証拠金により多額の取引を行うことができることから、誘惑的なものであるが、右取引においては種々の専門的特殊用語が用いられていて、実際に取引経験のない者にとっては、その具体的実際的な意味内容を理解することは相当に困難である上、その取引価格は、経済状況の変化等によって短期間に激しい値動きを示すことがあるところ、その変動を的確に予測するためには、その要因となる経済的・政治的・社会的要素を詳細に調査研究することが必要であるにもかかわらず、そういった調査研究を一般人が行うことは甚だ困難であるから、一般人が商品先物取引に参加した場合、予期せぬ損害を被る危険性が極めて大きいということができる。このことは、商品取引所の会員やその使用人が一般の顧客に対して行う勧誘に関して、受託契約準則、新規委託者保護管理協定、同規則等、一般投資家の保護を目的とする各種の取締規定が定められていることからも明らかである。そうすると、本件においても、被告会社の担当者は、商品先物取引の経験のない原告に対し、商品先物取引を勧誘するにあたっては、信義則上、原告が取引の危険性を十分に理解しうる程度に取引の仕組みを説明すべき義務を負い、また、右契約締結後においても、右委託契約の本旨に基づき、原告の経歴、資力、取引についての経験や理解の程度、意向等を十分に調査、把握した上で、原告が右取引について自主的、合理的な意思決定をするのに必要な情報の提供、助言、指導等を行い、その意思に基づく建玉や手仕舞いを受託すべき義務を負っていたと解するのが相当である。

しかるに、Bが原告を勧誘した際の説明は、前記一1(三)認定のとおり、簡単な図面を用いて取引の仕組みの説明をしただけであって、取引の投機性・危険性を十分理解させるに足りるものではなく、その際、商品先物取引の危険性が記載された説明書を交付しているが、「読んでおいて下さい」といった通り一遍の注意をしただけで、その後、「絶対損はさせない」といった勧誘もしていることに照らすと、取引の危険性を十分に認識させるべく真摯な努力をしていたとは認め難いから、説明義務を尽くしたかのような外観はあるものの、右説明は、商品先物取引の経験がない原告に対しその危険性を理解させる説明としては甚だ不十分なものであったというべきであり、また、その後の取引の経緯をみても、C及びBは、D作成の簡単な顧客カードや、訪問した際の印象のみで、原告の資力や取引能力を判断し(この点、証人C及び証人Bは、顧客に資産や収入を聞くことはできず、その人の社会的地位や会社の規模等で推定していたと証言している)、より多くの取引を受託してもらえるものと考え、安易な自己の相場観を示したのみで、十分な情報提供をすることなく(たとえば、平成三年五月三〇日のプラチナ取引をみると、午前と午後で取引の方針が統一されているとは認められず、この点につき、証人Cも合理的な説明ができないことに照らせば、Cから原告に対して的確な情報提供や指導がなされたものは考え難い)、取引の勧誘を反復継続し、その結果、後述のとおり、新規委託者の取引としては過当というべき程に、本件取引を増大させていったことが認められるから、この点においても、BやCの行為には問題があったといわざるを得ない(なお、原告は、一応会社の代表者であって、経歴だけをみると、商品取引の複雑な仕組を容易に理解できたように思われるが、原告の供述からも窺われるとおり、その理解力・判断力は甚だ心許ないものであった)。

2  次に、新規委託者保護義務違反の主張についてみるに、被告においては、新規委託から三か月間の習熟期間が設けられ、右期間内において二〇枚を超える受託をするときは、統括責任者による審査を要するものとされていたにもかかわらず、前記認定の事実によれば、取引を開始して約一か月半の期間に、超過申請書が提出されるまま、六〇〇枚までの取引を許可する決定がなされたばかりか、超過申請書の記載が事実と異なっていたり、統括責任者による承認を待たずに取引が先行されたことが認められるから、被告における右審査体制は形骸化しており、新規委託者保護の観点を欠いた取引の勧誘受託が行われていたと推認せざるを得ない。

3  また、過当取引に関する主張についてみるに、本件取引における売買取引回数、建玉回転率、資金回転率や、損失に占める手数料の割合が一定の数値以上であるからといって、直ちに、本件取引が手数料稼ぎによる違法な過当取引であるということはできない(たとえば、取引回数が多くなれば、手数料割合が増大するのは当然であり、右数値は、過当取引であることを推認する一事情とはなり得ても、これにより直ちに過当取引と断定することはできない)が、新規保護者に対しては、「委託者保護の徹底とその育成を図るため・・・当該委託者の資質・資力等を考慮の上、相応の建玉枚数の範囲においてこれを行う」(乙一九)べきであるから、過当取引であるとの誹りを免れない。

4  さらに、両建に関する主張についてみるに、両建が、損切りによる損失の現実化を回避する手段として全く無意味なものであるか否かはともかく、Cは、取引開始後三か月間の習熟期間が経過していない原告に対し、原告がこれまで自己及びBの相場観をそのまま信頼しそれに従ってきたことを承知しながら、両建を解消する際の難しさについて特段言及することなく、追証を入れずに資金準備に猶予を与えられる方法として両建を勧め受託したものであって、専ら手数料稼ぎのために行われたとはいえないとしても、習熟期間内の原告をして、別紙(二)記載のとおり、両建により取引枚数を増やさせ手数料負担を増大させたことは(原告のプラチナ取引は、その取引期間の大部分において両建の状態にあった)、新規委託者保護の配慮を欠くもので、違法の廉がある。

5  以上によると、被告は、商品先物取引の経験のない原告に対し、新規委託者保護義務に反し、形式的でおざなりな説明をしただけで、取引の危険性を十分理解させるだけの説明義務を怠り、原告が自主的に合理的な意思決定をなし得るだけの情報提供や助言指導をすることなく、新規委託者保護期間中、徒に両建を続けさせた上、制限枚数二〇枚の二十数倍にもなる取引をなさしめたものであって、被告の行為は、これを一連一体としてみると、その余の点について判断するまでもなく、社会的相当性を欠き、不法行為を構成するといわざるを得ない。

6(一)  因みに、断定的判断の提供に関する原告の主張についてみるに、確かに、前記一1(三)認定のとおり、勧誘当初、Bにより「絶対損させない、短期間でよい」といった発言がなされたことが認められるものの、原告は、Bから三回の訪問を受けた後に本件取引の委託を決めたものであり、その際、前記一1(三)認定のとおり、一応は商品先物取引に関する説明を受けているほか、証拠(甲一六、乙五、原告本人)によれば、原告においても、本件取引が投機性を有するもので、損をすることもあることをある程度理解していたと認められるから、Bの右発言は、問題がなかったとはいえないにしても、直ちに違法とはいえない。

(二)  また、事実上の一任売買の主張についてみるに、原告がBやCの相場観や指導助言を信頼しこれに従った委託をしていたことが認められるものの、前記認定のとおり、原告は、BやCから取引内容の説明を受けた上で委託をしたものであるから、これをもって違法な一任売買と同視することはできず、平成三年五月三〇日の取引についても、その指導や助言が一貫性や合理性を欠いており、問題がなかったとはいえないにしても、これをもって違法な無断売買や押付売買とはいえない。

(三)  なお、原告は、証拠金徴収義務違反の主張をするが、被告が積極的に委託保証金の入金を猶予して建玉先行の勧誘をした場合は格別、本件においては、前記1(三)、2及び3の各(一)並びに4(四)認定のとおり、いずれも、被告が原告の申入れを受けて、委託保証金の入金を数日間猶予することを認めたものにすぎないから、この点について違法性を認めることはできない。

四  争点3について

因果関係についてみるに、原告が本件取引により受けた損害は、原告の主張のとおり、別紙(三)記載の被告に対する入金額から被告からの返金額を控除した二四四八万九五一〇円であり、その全額が被告による前記不法行為と相当因果関係のある損害ということができる。

五  争点4について

過失相殺についてみるに、原告の供述によると、原告は、Bから勧誘当初に交付を受けた説明書(乙一)を読んでいないばかりか、被告から数々の取引に関する明細書の郵送を受けていたのに、それを放置もしくは開封しても閲読していないこと、その上、相当の損失を認識していた平成三年四月二二日当時においても、Cの勧誘に対して何らの疑問を持つことなく、一二六〇万円もの大金を借金してまで被告に入金し、Bの勧誘に対しても言われるままに二〇〇万円を入金したこと、その後も、損害を認識しながら、その額を知るのが怖いあまりに確認せず放置し、Cに言われるままに本件取引を継続したことが認められる。

そうすると、原告が新規委託者であり、被告から十分な情報提供や指導を受けていなかったことを考慮しても、原告にも、本件取引による損害の発生と拡大について看過できない過失があったというべきであるから、損害の公平な分担を図るべく、本件に顕れた一切の事情を勘案し、五割の過失相殺を行うのが相当である。

六  結論

よって、原告の請求は、前記四で認めた二四四八万九五一〇円の半額に当たる一二二四万四七五五円に、弁護士費用として右金額の約一割に当たる一二二万円を加算した一三四六万四七五五円及びこれに対する不法行為の日の後の日である平成三年九月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるというべきであるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤嘉彦 裁判官 村田龍平 裁判官坂上文一は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 佐藤嘉彦)

<以下省略>

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